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教訓のない童話

アレクの両手は焼けただれ、ひどい火傷の痕がありました。
まるで、焼けて真っ黒に変色した火かき棒のようだ、と子供の頃はよくばかにされたものです。
子供の頃は火傷の事でばかにされたものですが、大人になるにつれて、誰もアレクの両手について触れなくなりました。
彼の過去と、哀れな両腕について人々は気を遣ったのでしょう、当然アレクはあまり嬉しくありませんでした。
人々はアレクの遠くにいたのです。

「体を交換しないか?」

そう、幼馴染のBは言いました。Bは美しい容姿の持ち主で、誰にでも好かれている人間でした。
そのBがなぜ自分と体を変える必要があるのでしょうか。
「もしも、君に少しでも勇気があるのなら体を交換してみないか」
Bはもう一度繰り返しました。
アレクをからかっているようには見えません。
「勇気?勇気ってなんの事だい?」
Bは答える代わりになぜか寂しそうに少し笑いました。

そして、彼らは体を交換しました。それで事態はなにかかわったのでしょうか。
いいえ、変わったとは言えませんでした。
相変わらず、アレクは他人と少し距離を置き、Bは人々の輪の中にいました。

それでも一つだけアレクの中で変わった事がありました。
アレクは毎日彼の両腕に会いに行きました。
どうしてか、もう前ほどその焼け焦げた腕を嫌いではありませんでした。
「君の腕悪くないよ」
「もう僕の腕じゃないよ」
「いいや、君のものさ」
「そうだね、不思議なことにその両腕に愛着が湧いて来たんだ。前は憎んでさえいたのに。
僕は自分自身の事をかわいそうだと思い込んでいたのかもしれないな。」
「君の両腕悪くないよ」もう一度Bは言いました。
それからも毎日アレクはBと、彼のものだった両腕に会いに行きました。

彼らが体を交換してからどれくらいたったのでしょうか。
別れというものは突然嵐のようにやってきて、人に別れを言わせない間に過ぎ去っていくものです。
時々、忘れてしまいますが人は死ぬものです。それだけが世界で確実なことだと言えるかもしれません。
Bはあっさりと流行病で亡くなってしまいました。
今度は両腕だけでなくその体すべてが灰にされました。
アレクにはBが燃やされているのか、自分自身が燃やされているのかうまく理解できませんでした。

時々、アレクはなぜBが体を交換しようかと言いだしたのか考えます。
でもいくら考えてみても理解できません。
困った彼は両腕を眺めます。
いつ見ても白くて、美しい両腕がそこにあります。
その事について特別な感情は浮かんできません。
彼は確かに何かを失ったのです。ただ、それが何だったのであるかはっきりと言葉にできません。

彼は暖炉の前に行き、煌々と燃え上がる炎の前に両腕を掲げました。
炎に照らしだされたその腕は痛いくらいに真っ白な色をしていました。
彼は部屋の隅の深い暗闇を見つめました。彼が失ったものは確かにその中にあったのです。

教訓のない童話_d0011742_026319.jpg

by swansong_day | 2008-07-06 00:26


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