今日、こんな内容の夢をみた


「僕はいやだ」

一年に一度、町の人々はある場所に集まる。
そこには一本の桜の木がある。
丘の上に忘れ去られたかのように立っているその木には伝説がある。
若い夫婦が何事からか逃げて、逃げて、逃げついた場所がこの丘の場所だった。
そこで二人は抱き合ったまま桜の木になった。
それから300年ほどその哀れな夫婦の木は、花を咲かせ続けた、
町の人たちは騒ぐでもなく、厳かな儀式のように1年に1度、桜の木の下で無言で散っていく夫婦の涙を見続けた。
その光景は不気味というより、神事のように厳かな儀式のようだった。

時々風が吹いた。
そのとき何かから必死に逃げ惑う二人の吐息が、風の中にまじって聞こえる。
一体彼らはなにから逃げていたのだろうか。
侮蔑か、暴力か、単なる日常の悲しみからなのだろうか。それとも世界のすべてから背けたかったのか。
今となっては誰にもわからない。


夫婦の木を守る老人がいた。
夫婦の唯一の子だということだ。
彼は近くに小屋を立て、木の世話をして暮らしている、そしてそのまま死んでいくつもりのようだ。
僕にはどういった気持ちで老人が両親の世話をし、どういったいきさつでこの場所にたどり着いたかはわからない。たとえたずねても答えてはくれないだろう。

今年も桜の花が咲いた。
咲いた瞬間から花は散り始め、語り始める。人々は無言で自分たちが迫害した夫婦の木を凝視しし続ける。そうだ、夫婦を追い詰めたのは彼らだ。彼らの名前は無邪気と、無知という。そして、それはまぎれもなく私達のことだ。
私はたずねる、
「どうして桜の木になんかなろうと思ったのですか?」

「長く生きられる木ならなんでもよかった。時々花をみて思い出してもらえるような木ならなんでもよかった。」

「あなた方は、逃げていたのにまだ生きようというのですか、動くことができない、人の形をしていないものになってもまだなお生きたかったのか。まだ他人とのつながりをもっていたかったのか。」

「あなたにはきっとわからないでしょう。他人にはわからない。ただ私達の子は、わかってくれている。」

「それでは、それでは、あなたたちの子はどうなる。もう何百年もただあなたたちといる。そして何事もなすことなく死んでいく。それでいいのか。」

「坊ちゃん、帰り道を忘れてしまったのでしょう。」
と、夫婦の子である老人が言った。
「帰るところはありますか?」

「わかりません、あった気がするし、なかった気もする」

「帰りなさい、自分の名前を思い出しなさい。ただ日々の生活をすごすのです。それは思っているより簡単なことですよ。」

「あなた方はずっとここにとどまるのですか?悲しくはないですか?一緒に行きませんか?あちらだってただ悪いところばかりじゃない。ねえなにか悲しいじゃないですか」

ただ、老人は首をふった。
「帰りなさい。誰もがなにかのきっかけで、この木のように人であることを捨ててしまうことがありうる。いいや、命そのものすら捨ててしまうこともありうる。
それも簡単なことなのです。
坊ちゃん、本当に疲れたのなら、もういやになったらここにいらっしゃい。いつでもこの悲しい桜の木はあなたを待っている。いつだって坊ちゃんは私の両親のように、木の姿になれる、人であることを捨てられる。ただ、それはずっと後のことでいいんじゃないかな。」

また、風が吹いた。


そこで、桜の木と、老人は消え、僕が暮らしている些細な日常に戻った。
飼っている猫が僕のそばまでやってきて、短く、にゃっ、とないた。
僕は猫の額をなで、桜の木と老人について感慨に浸る。
彼らは世界に捉えわれ、行き場を失った。そして、人であることを、生きながらの死を選んだ。

「僕は、いやだ。」

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by swansong_day | 2010-04-07 00:18


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