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呪いについて私が知っていること

なぜそんな話になったのだろう。
男ばかり3人で集まって、そのうちのA君の部屋で飲んでいた。
だれそれとなく現在の好きな女性の話になった。
そういった話というものはたいてい誰と話していても内容は似通っている。
とりとめのなく、くだらない、でも、非常に共感できる話ばかりだ。

思いのほうか話に盛り上がり、時刻は深夜の2時を回っていた。
話しているうちに、私はある事に気づき、何気なくA君に言った。

「左手どうしたの?」

A君は少し照れくさそうに笑い、手をさすっていた。
まるで愛猫をあやすかのように、優しい目をしながら。
彼の腕いっぱいに、さきほどまではなかった無数の赤い蚯蚓腫れのようなものが現れていて、私達の目を引いた。
突然浮かび上がってきた痣のようにも見えるけれど、それは刃物でつけた傷跡だった。
お酒を飲んだから浮かび上がってきたのだろうか。

A君はその端正な容貌とはうってかわりごく控え目で、自分のことを多くは語らなかった。
魅力的な男であることは変わりない。笑顔が素敵だし、実際にもてた。
ただ、なんというか、彼の目を見ていると、僕はいつも砂漠を連想してしまう。
そこには砂しかない。
草木が根付くための土がない。
そんな男だ。

「呪いを信じる?」

と、彼は言った。

「のろい?」」

「ああ、呪いと言ったのさ。」

「この腕の傷跡は呪いなんだ。僕の大好きだった女の子がつけた傷だ、彼女が死ぬ少し前にね。ずっと昔の話だけどね。」

「それが呪い?」

「ああ、少なくとも彼女はそう言っていたね。これは呪いだと。僕らはかなり仲がよかったんだ。それなのに彼女が残したものは”呪い”なんだ。不可思議なはなしさ」

彼は少しの間、天井を眺めていた。そんなことあると思うかい、と誰となく小さな声でつぶやいた。

呪いの話はそれだけで終わった。私も、もう一人の友人のB君も安易に立ち入っては行けない気がしたのだ。
私達はいつのまにか寝てしまっていて、私が目を覚ましたのはもう明け方近かった。
Bが窓から、外を眺めているのが見えた。
A君は横になったまま、寝ているのか、起きているのかわからない。

突然B君が言った。
「俺さ、信じるよ、ある種の呪いっていうものはあるかもしれない、その左手の呪いは、きっといいいものなんだろうな。お前はそれがあるから生きていける、そうだろ?
恋人はわかっていたんだな。なにか残さなければいけない。そうでなかればお前も消えてしまう。」

「なあ、呪いはあるよ。」
Bははっきりとした声で言い、それから台所の方に行ってしまった。
台所のほうで水が流れる音が聞こえる。
それ以外の音は聞こえない。私も黙っていた。

A君は寝ているのだろうか。
私は砂漠について考えていた。Aがなにか言ったように聞こえたけれど、それは砂漠の砂嵐の音でかき消された。

そんなことあると思うかい、彼はそう言ったかもしれない。


呪いについて私が知っていること_d0011742_238750.jpg

by swansong_day | 2010-09-03 23:09


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